2016年05月03日

年金事務所とゲストハウスの三ヶ月

和歌山の沿岸地域では珍しく、雪が積もった日から田辺の年金事務所に通った。年金記録問題に伴う作業に追われ、日々の業務が滞っている事態を解消するために。ヨットはシーズンオフでもあり、私はこの申し出を快く受け入れた。

大阪などの都市部ではプロジェクトの狭間で手の空いたプログラマーや学生など、PCを扱う人材は掃いて捨てるほどいるが、和歌山ではあまりに仕事が少ないため過酷な条件でもフルタイムの肉体労働等に就いている場合が多く、今回のような三ヶ月限定かつ好待遇であっても全く人が見つからないとの事。月曜の早朝にバイクで出勤し平日はゲストハウスに逗留、金曜の就業後に雑賀崎へと帰宅する生活が始まった。

広川町から山を越え、由良からもうひとつ山を越えて御坊の市街地を抜けると、そこからは延々海沿いを走る。海が好きで転居した私にとっては幸福極まりない通勤だ。逗留先のブッダゲストハウスから田辺年金事務所までは、「朝日ヶ丘」とは名ばかりの、奈良の若草山へ登頂するほどの坂道を登って行く。その途中、驚いたことにまだ残雪が見られる公園には既に桜が咲いていた。

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優しいね。

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年金事務所ではお客様相談室の「年金博士」と昼休みに同席する事が多々あり、その方も大阪出身で快く年金に対する疑問に答えてくれた。特に各々の制度が制定された経緯の話は非常に勉強になった。障害者になった際にも受給されるとは知らなかったし、近未来には確実に訪れる事なのだから。



ブッダゲストハウスのオーナーは、フジテレビ関連の製作会社でディレクターをされていた方。見た目も話し振りも垢抜けていて、非常に気のつく男前だ。田辺梅林近く、失礼ながらどう見ても人里離れた、という形容詞が似合う山里出身で、広大な田辺市における地域の特性や社会問題を色々と話し合った。

意外にも早春のまだ寒い時期から客は多く、宿に私一人という日は二三日しか無かったように思う。もちろん外国人客が多く、日本人に見えても「日本の方ですか?」と聞いてしまう習慣が身についた。特にヨーロッパ人が多く、台湾、香港、オーストラリア、アメリカ、韓国、中国の順という印象。みんな教育水準の高い上品な方々で、静かに行動し、そのままでいいですよ、と言われているのに布団を畳んで帰って行く。日本人の言う事を真に受けるなというマニュアル本でもあるのだろうか。ここは京都では無いのだから、訪日のラストを飾る和歌山で、本来の日本人が持つ奥ゆかしさと真心を知ってほしいと切に感じる。

英語圏の人々はとにかく遠慮なしに英語で、全ての人類が当然理解していると信じたペースで話しかけてくる。私にとっては、年金事務所の仕事より頭を使う事この上ない。北欧の人はとにかく静かで、スペインの人は人懐っこい。イギリス、フランスの人は男女とも驚くほどきれいで、特にフランス人同士はすぐカップルになってしまうのを何度と無く見ているうち、ああ、イメージって当たっているなと思った。

私は昼休みにバゲットにテリーヌを塗って食べるようなフランスかぶれなので、幸せ優先な彼ら彼女らと話すのは面白い。特に印象深かったのは、マダカスカル等の隣にあるレユニオン島出身で、パリから来ている人だった。フランス領の島なので私の一番好きなラム、ボローニュ・ブランの写真を見せるとすごく喜んで、レユニオン島でも砂糖きびにパイナップル、バニラを混ぜて一年置くと自然とラムになる、どの材料も島でとれるので安くておいしいと話してくれて、本当にうらやましかった。すごい島だ。酒好きなら誰でも直感的にうまいと思え、これでは梅酒はとても勝てない。

台湾や香港の人は熱烈な日本好きが多く、数ヶ月かけて日本を旅行していたり、何度も訪日していたりでこちらもうれしくなる。中国の人で教師をしている女性がいて、ゴミの分別に関心を示し、収集日のカレンダーを撮影していた。中華圏の方々は金銭感覚も関心深く、生活にかかる費用など経済問題で盛り上がるのはとても楽しい。大阪と和歌山で収入が大きく違うのに、和歌山の外食や惣菜が高いのはなぜか、食材は県内でまかなえそうなのに、といった鋭い質問も出る。



ゲストハウスと年金事務所を行ったり来たりしているため、ふと海外年金生活もいいかなと思った。それはテレビ番組でアマゾンで年金生活をしているお爺さんを見たからだ。物心ついた頃から家には熱帯魚がいるので、私にとってアマゾンは聖地と思える。このお爺さんほど奥地でなくともいいし、アマゾン河口のマナウスはいつの間にか和歌山県の人口を二倍にしたほどの大都市になっていた。今、住んでいる和歌山市でも相当不便で月一回大阪に行っているのだから、ライフスタイルの根幹は変わらないのではと思える。

それは熱帯魚雑誌の編集長をされていた松坂実さんの、アドベンチャーアマゾンという単行本に掲載されていた、アマゾン旅行の諸注意が丸々紀伊半島にも当てはまるからだ。

紀伊半島は子供の頃から頻繁に来ていたが、移動に時間がかかり自然災害や積雪で通れない道もある。また鉄道やバスは驚くほど本数が少なく高いため、思ったほど楽しめない結果に陥る観光客は日本人でも多い。外国人客は大阪、京都、奈良を経て和歌山に入るので、いくら来日前に情報を収集していてもそれまでの都市とのギャップに驚いている。年間千人を超える宿泊客があるゲストハウスでは、これらの悩みを持ち込まれる。九割近くの外国人が手をつけない梅干の宣伝に費用をかけるより、本当は上級者向きの観光地で、アマゾンに行く決意で望めと告白したほうが、かえって冒険好きの心に響くと思う。

話は戻るが、一番住みたい場所は以前から新宮だ。都会の風情が和歌山市よりあるのは田辺と同じく、青黒い太平洋を見渡せる城跡のある街。もうすぐ道沿いには自生する白百合が咲き誇るだろう。少し南に行った夏山(なっさ)温泉のあたりなど浮世離れした世界で、周囲は温泉だらけだしいつかヨットを走らせたい。

でも、新宮に住んだ場合、都会に出るのは和歌山市の比では無いだろう。特急で大阪まで四時間、最短なのは八尾空港まで四人乗りヘリで一人四万円という記事を見たが、これでは外国と変わらない。リタイアする頃には都会に出る喜びを失っているだろうか、いや、観劇や音楽・美術鑑賞はやはり都会でないとできない。一方、マナウスにはアマゾナス劇場があるではないか。

そう考え出した頃、二人のグアテマラ出身で、現在はマサチューセッツの医学部に通う学生が来ていたので、グアテマラの生活を尋ねた。太平洋とカリブ海の双方に面し、火山があって風光明媚な所。家はスペインのコロニアル様式で中庭に噴水がある。ただ、今は治安が悪くなって携帯を使っていると銃を突きつけられて奪われるし、医者だった祖父は自転車が好きだが、今では車でないと危険で外出できない。そう話していた。しかし自分はアメリカで医者になるが、将来は母国で疫病の研究をしたいと言っていて、これも和歌山の若者と変わらないな、と感じた。最後に、病気になったら医療保険の充実している日本に帰って治療したほうが絶対にいいと言う。うん、もう少し海外年金生活は考えよう。まだ時間もあるし。


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posted by 池田芳弘 at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年01月07日

2015年11月23日

「海と夕焼け」

三島由紀夫の「海と夕焼け」は「岬にての物語」同様、急に読みたくなる短編。十字軍に参加しようとするフランスの少年は奴隷に売られ、やがて流転の後に日本の寺へとたどり着く。夕焼けの海、聞こえてくる梵鐘に清らかな悲しみが満ちてくる。


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私のバイク、XV750Eは自動二輪免許を取った時に一目惚れした機種。しかしナナハンのため限定解除が必要であり、後に住んだ四ツ橋のマンションでは周囲にもバイクを置く場所が無く、やっと入手したのは森之宮のURへ転居した五年前だった。騎士の甲冑のようなそのスタイルは金と銀で構成されている。

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四ツ橋時代、すぐ近くにある江戸前の鰻屋の主人がセカンドバイクとして持っていた。私がマンションの前で、こっそり持っていた初期型RZを整備していると話しかけてくれ、XS1100(通称イレブン)で一人走り、新宮の山奥でキャンプした話などをしてくれた。後に十年以上の時を経て譲ってくれた時も、まだ驚くほどきれいで一万八千キロしか走っていなかった。

私と共に和歌山に来て、以来三万キロを走った。入手した時既に状態はともかく立派な旧車なのだが、潮風にさらされ春一番の突風に倒されて、海と夕焼けに出てくる安里のような風情になっている。

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posted by 池田芳弘 at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | バイク